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高原淳プロフィール
高原 淳
1961年北海道帯広生まれ 大阪芸術大学写真学科卒 雑誌・広告を中心にフォトグラファーとして活動 2000年帯広にUターン 2001年、ソーゴー印刷(株)代表取締役就任 2004年、雑誌「northern style スロウ」創刊を機に写真活動を再開 主な写真展 1985年「COMME JE SUIS」(6人展、Gallery・DOT) 1988年「再生」以来、Gallery・DOT(京都)にて定期的に個展開催 ・2005年10月「記憶の中の風景」(Gallery・DOT) ・2006年3月「記憶の中の風景」(弘文堂画廊) ・2007年11月「記憶の中の風景」(Gallery・DOT) ・2009年8月「スロウ20号記念展」(ファインアート器野) ・2010年5月「スロウなまなざし」(Gallery・DOT) ◎月刊しゅん http://shun.tv ◎しゅんプラス http://shun-plus.com ◎northern style スロウ http://www.n-slow.com ◎クナマガ日記 http://www.n-slow.com/blog/index.php ◎ソーゴー印刷 http://www.sogo-printing.com ライフログ
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午前中ゆったりと過ごす。曇り空ではあったが、昼から撮影へ。何となく西のほうへ向かう。何となく富良野方面へ行くこととなった。何となく狩勝峠を越えると、次第に晴れてきた。晩秋の畑など4時頃まで撮影。7時半帰宅。体調はいいが、何となく喉の調子が変だ。なごみ温+梅醤番茶の出番かもしれない。
写真というものは被写体がないと撮ることができないので、必然的に被写体の持つ魅力=被写体力に依存することとなります。そうではない撮り方をする人もいますが、基本的には被写体に魅力を感じ、それを表現する。それが写真です。被写体となりうる対象は大きく3つに分類することができます。「明らかに魅力的な被写体」「自分にとっては魅力的に映るが、他人には平凡に思える被写体」「どんな角度から見ても魅力的には思えない対象物(したがって、被写体とはならない)」。 「明らかに魅力的な被写体」はだいたいみんな同じような撮り方をしますから、魅力的ではあるけれど、写真表現という点では平凡になりやすい。被写体力で見せる写真。長年、僕はこうした写真を軽視してきたようなところがあって、魅力的な写真をずいぶん撮り逃してきたような気がします。被写体力に依存するのも、また写真であると、近年では素直に思えるようになってきました。したがって、強力な被写体力を持つ被写体に会いに行くというのも写真家としてのあるべき姿といえます。 僕が30年以上ずっと意識してきたのは、「自分にとっては魅力的に映るが、他人には平凡に思える被写体」です。撮影する対象や表現の仕方は少し変わりましたが、この基本スタンスばかりは変わらない。ただ、「自分にとっては魅力的」というのが、「自分だけにとって魅力的」ではないということに気づいたのです。ちょっとわかりにくいか? 自分が発見した魅力を他人も同じように発見するすることがあるということ。ここ数年、そうした傾向が強まっているような気がします。 これはスロウでの取材・撮影を通じて、僕の被写体を発見するセンサーがスロウ寄りになってきたためかもしれません。自分としては変わってないつもりなのだが、どこかしら影響を受けて変化してきているのでしょう。たぶん、編集者の人たちもスロウという媒体によって自分の中のどこかの部分が変化してきているに違いない。その影響を感じることもときどきあります。商品力が強いと、商品そのものから自分が影響を受けるものなのかもしれません。 さて、最後に残るは、「どんな角度から見ても魅力的には思えない対象物」ということになります。自分が魅力的とは思わないものは、通常「被写体」とはならないのですが、これについてはどう考えるべきなんだろう? 僕はここに大きな資源が眠っているに違いないと感じ始めています。 ずっと「被写体(または対象物)」と書いてきましたが、被写体を「事業」とか「商品」とか「人材」とか「お客様」といった言葉に置き換えてみるとどうなるでしょう? 明らかに魅力的な事業・商品には多くの企業が飛びつくことになります。したがって、あっという間に過当競争になる。「自分にとっては魅力的」という事業・商品はどうか? すでに何人かの人は、自分と同じように目をつけている。そして、手を出すか出すまいか思案している。 もしかすると、「どんな角度から見ても魅力的には思えない対象物」の中に本当のチャンスがあるのかもしれないな・・・。そんなふうに思ったりもします。 しゅんもスロウもマイステージも、「自社にとっては魅力的だが、他社にとっては魅力と映らない」事業でした。しかし、ここ数年で風向きが変わってきました。この事業に魅力を感じ、コンセプトの近い商品を開発する会社も現れてきています。たぶん、僕らは今後「どんな角度から見ても事業化は無理だろう」と思えるようなものの中から鉱脈を発見すべきなのではなかろうか? 世の中を広く見渡すと、そのようにして成長している企業がたくさんある。すでに、そうした企業を何社も取材しています。もっと自由に柔軟に大胆に考える必要がありそうです。 ![]() ▲
by sogopt
| 2011-10-31 06:11
| 写真
朝4時半起床。同じ部屋の3人をできるだけ起こさないように、そおっと起きあがる。まずは温泉へ。30分ほどで部屋に戻り、カメラ、ノートPC、資料を持ってロビーへ。ブログの更新などを行っていたら、ちょうどよい時間になってきた。宿のまわりを30分ほど早朝撮影。かなり涼しい。そろそろコートが必要な季節ですね。再び、ロビーでCCL研修のテキストを読み返してみる。7時半朝食。9時から経営指針委員会研修2日目スタート。30分ほどのミニレクチャーの後、グループ討議。中小企業家同友会の特徴はこのグループ討議にあるな。グループメンバーにもよるが、グループ討議に慣れているためか、質の高い討議になる確率が高い。グループ発表が行われて、11時半研修会が終了した。S氏の車に乗せてもらって、午後1時半頃帰社。5時半帰宅。昼ご飯を食べ忘れていたことに気づいた。しかし、意外なまでに空腹感はなく、夕食もスープ餃子のみ。ハッキリ言って、僕の作るスープ餃子は絶品だな。自己満足と同時に9時頃就寝。
グループ討議というものは通常1時間以内で行われることが多いものです。今回の研修会では1時間半ほど時間がありました。こうなると、深いレベルでの討議が可能。さらに1時間以上、たぶん3時間くらいあったら、かなり目に見えた成果が生まれるような気がします。こうしたグループ討議を社内で実施する機会はなかなかありません。みんな目の前に仕事をいっぱい抱えており、足並みが揃うということは滅多にないからです。ミーティングの時間を確保したとしても、グループ討議に1時間以上かけることはまずないでしょう。でも、やってみるといい成果が得られそうだな。今度、短い時間で試してみようと思います。 だいたいどの会社も同じような悩みを持っているものです。そのひとつとして、「経営理念を社内に浸透させようとすると、それに合わない社員さんが出てくる」という悩みがあります。これはいろんなところで聞く話だし、理論上は結論の出ている問題。しかし、社員も経営者も生身の人間ですから、当然悩むことになるわけです。 会社は現状維持思考になると衰退する。成長を拒めば、会社も個人も悪い方向へ向かっていきます。したがって、会社と個人の両方が成長する方向に向かって変わっていかなければなりません。その方向性を指し示すのが経営理念であったり、経営ビジョンであるわけです。理念・ビジョンを明確に指し示すことによって、社内の一部の人たちは間違いなく活性化し、強い自己成長意欲を持つようになります。 しかし、その一方で成長意欲を持つことのできない人たちも出てくる。出てこない会社もあるでしょうが、ある程度の社員数になると、出ると思って間違いありません。そこで、やる気の出るような社風に変えていこう・・・と努力することになります。成長意欲の高い社員と経営者・幹部が一緒になって、やる気の出る社風をどう創り上げていくのか、試行錯誤を繰り返していきます。やり方は会社によって異なると思いますが、多くの会社はそのように努力しています。 一昨日の討議では、自燃性・他燃性・不燃性という話がグループのひとりから出てきました。自分で燃えるタイプ、他人から火をつけられると燃えることのできるタイプ、そして、どうやっても燃えることのできないタイプ。不燃性の人たちをどのように考えたらよいのか? ここが経営者の共通した悩みであるし、それは成長意欲の高い若手社員にとっても大きな悩みになっているはずです。本当は誰ひとり欠けることなく、みんなで一緒に成長したい。一緒にいい会社を作っていきたい。そう願っているはず。ところが、現実には合わない人が出てくるものです。これはもう、「そのようになっている」と思うしかない。このように書くとちょっとドライな感じがするし、誤解されそうだな・・・。 成長意欲でメラメラ燃えている人は、「目の前には何も障害はない。自分の行く手を遮るものは何もない」と思い込むべきです。単純に、自分と自社を成長させるために前向きな努力をすればよいだけなのです。周囲のことに目を向ける必要はありますが、周囲からマイナスの影響を受ける必要はまったくない。「これは自分の精神力を強くするためのトレーニングなのだ」といった程度に捉えておくべきでしょう。しかし、それでも悩むだろうな。そして、悩むことによって、やはり人は成長することになるわけです。どちらに転んでも、成長意欲に燃えている人は成長することになる。 他燃性と不燃性との中間には「難燃性」といったグループが存在していると思います。僕としては、不燃性のように見える人の中から難燃性の部分を見つけ出し、できる限り不燃の世界から脱出するような仕組みを作り出すことが重要なのではないかと思います。難燃性であれば、強力なチャッカマンがあれば、燃える可能性がある。 まだまだ改良の余地はありますが、我が社の朝礼だとか個人のコア・コンピタンスといった仕組みは、その仕組みの一部であるといえます。人間誰しも、成長したいという意欲は必ず持っています。その方法がわからないだけなのです。だから、我が社の選んだやり方を強力に押し進めていくことが重要です。成長意欲を持った人は当然悩むことになりますが、悩んでいること自体、成長していることの証でもあるので、安心していいと思います。 ![]() ▲
by sogopt
| 2011-10-30 07:25
| 経営
朝7時50分札幌の宿をチェックアウトし、大谷地にあるT社へ向かう。8時50分から行われる朝礼の見学。ずっと見学してみたいな・・・と思っていた会社です。「元気朝礼」というのはどんなものなのだろう? 我が社のMAX朝礼と比べてどうだろう? いろんな期待を込めて参加したのですが、僕の想像のはるか上を行っていました。いやはや、驚きです。これはもう一度訪問する必要がありそうです。すごい会社だ。驚くと同時に、我が社のMAX朝礼にもっと磨きをかける必要があると痛感しました。札幌出張の甲斐があったというものです。この2日間でずいぶん収穫がありました。
朝礼見学、そしてしばし情報交換の後、旭川で昼食。ちょっとまわり道をしたため、層雲峡到着は午後2時30分。ちょうどいい時間に着きました。2時半から中小企業家同友会経営指針委員会一泊研修会。各支部からの報告、パネルディスカッション、グループ討議。研修会の後は懇親会。いくつかいい事例を聴きました。たまにはこうして日常から離れて学びあうのもいいものだな・・・。 多くの人たちは二次会へ流れていきました。僕は昨晩読むことのできなかったスロウ第29号をこれから読もうと思っています。 さて、経営指針について少し書こうと思います。 我が社の場合、「経営計画」と呼んでいますが、指針でも計画でも意味するところはほぼ同じです。ただ、経営指針といった場合は、どちらかというと経営理念や経営方針に比重が置かれているような印象を受けます。経営計画のほうが戦略的・定量的な印象ですね。我が社の経営計画は価値観・目的・理念・行動指針・ビジョンといったあたりを詳細に記述しているので、もしかしたら経営指針と呼ぶほうが適切なのかもしれません。 経営計画(経営指針)は会社として持っていないほうがおかしい。僕はそう思っています。そして、経営計画を持つ限りは、社内にオープンになってないとおかしい。ドラッカーの言葉を借りるまでもなく、「企業の命題は存続」であり、存続・成長・発展していくためには、自社がどのような方向へ向かっていくのかが明らかになっていなければならない。ひとりで会社を経営しているのであれば、自分の頭の中を整理しておけばよいだけの話ですが、誰かと一緒に業務を遂行するのであれば計画は必要となります。 特に、若手社員にとって「経営計画があるかどうか」は自社へのロイヤリティを左右する最重要事項なのではないかと思います。これから20年、30年と活躍していこうとしている人たちにとって、自社には魅力的な未来が開けているのかどうか? 未来に魅力が感じられないとすれば、転職・独立といった動きになるかもしれませんし、そうでなくても仕事に対するモチベーションは著しく低下することが避けれません。このあたり、就職活動中の学生さんにとっても、当然重大な関心事となるでしょう。企業説明会や面接といった場でも、我が社の理念やビジョンについて説明を求められることがよくあります。 中身のないきれい事の理念・ビジョンでは意味ありませんが、理念・ビジョンは美しいストーリーで描かれている必要があるのではないかというのが僕の考えです。現実に目を向けると、厳しい面も当然ながらたくさんあるものです。しかし、我が社の進んでいく道は真・善・美で彩られていなければならない。経営者自身、当然我が社はそのような方向へ進んでいるのだということを信じきっていなければならない。社員のみんなもそれがリアリティを持って信じることのできる状態になっているべきです。現実の世界が厳しいがゆえに、なおさら美しい未来像が必要ではるはずです。楽な思いをしながら成長・発展している会社は今の時代皆無に近い。たとえ今は大変な思いをしたとしても、その先に美の世界があるかどうか? ここが決め手といえるでしょう。 グループ討論の後半部分ではその入口の話がずいぶん出てきました。あと2時間くらいあれば、もっと核心テーマで討議できたかもしれません。奥が深いな、経営指針委員会。来年から始まる経営指針研究会の活動が楽しみになってきました。 ![]() ▲
by sogopt
| 2011-10-29 06:14
| 経営
出社後、持参する資料等の準備。午前10時出発。素晴らしい天気。撮影しながら日勝峠を越える。途中で細かい雨。そこに日が差し込み、樹海をバックに虹が出現した。何度となく往復している道だが、僕にとっては初めて見る光景だった。2時半札幌着。3時からH社訪問1時間あまりの打ち合わせ。話が一歩前に進んだような気がする。6時からH社の方々と会食。非常にめずらしい話がいくつも出てくる。録音しておけばよかった。次回はきっとICレコーダーを回しながらの会食となるだろう。10時頃就寝。
新しいものを作るときというのは不思議です。形は決まっていなくて、イメージだけがある。しかし、それを作り上げなければいけないという使命感のようなものがある。発案者は僕ではないが、すでに誰の発案であるかは関係ない。自分たちの生み出すべきメディアなのだという感覚になってきています。そんな中で、ブレーンストーミング的な会話が繰り広げられ、形のなかったはずのものが、少しずつ輪郭を現してくる。霧の向こうからやってくるように形が見えてくるのです。 スロウの創刊準備の頃、8年前はそんな感じでした。うわっ、もうそんなに経つんですね。形がなくフワフワしていて、一瞬見えたような気持ちになっても、次の瞬間にはまた見えなくなっている。そんなことを繰り返しながら、それでも何とか形にしようと思い、とにかく創刊してみる。悪くはないが、何かが違う。そして、創刊号の反省を踏まえて、僕にとっては記念すべき第2号が誕生することとなる。非常にインパクトの大きい号でした。荒削りだがエネルギーにあふれていました。そして、方向性も明確になった。フワフワしながらも、創刊号という一歩踏み出したから、スロウは今日まで続いているわけです。 うまくいこうがいくまいが、まずは生み出す。形がよく見えなくても、その時点で自分たちが見えたおぼろげな輪郭。これを商品という形にすることによって、正しいのか、ずれているのかハッキリするものです。違っているな・・・と内心思っていても、まず形にしてみることが重要なのではないかと思います。 最初の一歩を踏み出す恐怖感と期待感の入り混じった感覚。これは創刊当時がピークだったと思いますが、今でも編集部の誰もが感じているはず。スロウだけではなく、しゅん編集部も同様でしょう。僕はしゅんの創刊当時はまだ入社していなかったのですが、その恐怖感たるや、スロウの比ではなかったと思います。帯広市内全戸宅配のフリーマガジン。しかも、経験者ゼロからのスタート。昔からチャレンジャーな会社だったんだなぁ。スロウと同様、フワフワと形が見えず、試行錯誤を繰り返しながら、今日のしゅんが出来上がってきたのです。 しゅんもスロウも絶えず変わり続ける商品です。編集部がこれで完成形だと思ったら、その瞬間から衰退が始まります。永遠に未完成。完成を目指して最大限の努力を傾けるのですが、決して完成することはありません。それは自分の人生も、会社の経営も同じことでしょう。 形が見えなくても一歩踏み出す。試行錯誤しながら思い描く形に近づけていく。不安・恐怖に打ち勝つだけの使命感が必要です。 あれっ、どうしてこういう話になったのだろう? 札幌で大いなるビジョンを聴いたためか、それともしゅん11月号の発行日だからか? はたまた、我が社で何かが動き出しているのだろうか? 今日はT社の朝礼を見学してから、層雲峡へ向かいます。 ![]() ▲
by sogopt
| 2011-10-28 06:37
| 我が社
朝礼後、帯広駅へ。札幌からのお客様を迎える。そして、そのまま士幌方面へ向かい、打ち合わせ・取材・撮影。昼食をはさみ、午後3時頃まで。4時頃いったん帰社。5時半ふたたび合流し、会食。7時半帰宅。
日頃から僕は、「十勝について知らないことがいっぱいある」ということを知っていますが、昨日はその思いをさらに強くしました。昨日は知らない場所へ行き、知らない店でおいしいものを食べ、知らない人について学んだ日。もっと知らなければいけないな。知らないことでたまたま難を逃れることもありますが、多くの場合は、知っていることによって楽しみが増し、人生が豊かになるものだと思います。好奇心を持つことが大事です。 好奇心の向かう先は2つの方向があります。ひとつは広く世の中全体に向かう好奇心。好奇心が外側に向かっていく人は社交的になっていきます。一方、内側、つまり自分自身に対する好奇心が強い人もいます。自分はどういう人間なんだろう? そこに興味・関心を持つタイプ。僕の学生の頃はこういうタイプの人が多かったような気がします。ほとんどの人はどちらか一方だけ持っているというわけではなく、外に向かう部分と内に向かう部分、両方併せ持っているはずです。しかし、その強弱によって、ずいぶん人の印象は変わってくるものです。 写真の世界では、もっともよく知られているものとしては、1978年ニューヨーク近代美術館の「鏡と窓 1960年以降のアメリカの現代写真」という展覧会があります。写真とは、自己を映す鏡か、それとも社会を見る窓か? 写真家は大きく、ミラー派とウィンドウ派に分類することができそうです。 我が社を見渡してみると、やはりミラー派とウィンドウ派、両タイプの人がいるように思われます。中には全方向へ強烈に好奇心を持っている人もいます。好奇心が強いというのは、最初に書いた通り、人生を豊かにするもの。そして、その好奇心に目的意識が備わっていれば、すごいことを成し遂げる力になるのではないかと思います。好奇心は個人的な好奇心のままでもよいのですが、そこに大義名分のようなものをあるとさらによいのではなかろうか? 大義名分というより、人生テーマといったほうが言葉としてはスッキリするかもしれません。テーマに沿って好奇心が発揮されていると、一貫性を持たない好奇心旺盛な人よりも無駄な時間を過ごすことは少ない。全方向に好奇心が発揮されると、平たくいうと「何にでも首を突っ込む」という状態になりやすいので、本来の人生目的がわからなくなってしまうことがあります。自分の関心テーマを整理することも大切ですね。自分の人生目的・人生ビジョンに関係のあるのか、関係ないのか。そうやって分類すれば、ずいぶん「捨てるべき好奇心」があることに気づくはず。捨てきることはなかなかできないものですが、一部を捨てるだけでもかなり身軽になります。 さて、僕は20代はほとんどミラー派でした。写真も生き方も。今はずいぶんウィンドウ派に近づいてきています。正確にいうと、両方が混在している状態です。写真の撮り方はずいぶんウィンドウ派的になっているように思えますが、実はミラー派のような心持ちで撮影していることが多いものです。 人間、ある程度成長すると、外の世界の出来事を情報としてインプットし、自分の内面を豊かにさせる養分としていくはずです。だから、常に窓は開かれているべきで、自然とウィンドウ派のようになっていくものではなかろうか? しかし、ときどき自分の内面をしっかり観察する時間が必要となります。これを定期的に行わないと、環境変化に左右されやすい生き方になる。 結論は出ませんが、ミラー3、ウィンドウ7といった比率が今の僕にはちょうどよい気がしています。皆さんは、どう感じられるでしょうか? ![]() ▲
by sogopt
| 2011-10-27 05:54
| 写真
午前8時50分個人面談。9時過ぎからスロウの編集会議。11時来客あり。午後1時からクナウマガジンの合同会議。2時から某ミーティング。5時40分から売上アップ研修のミーティング。ミーティングずくめの一日だ。合間を縫って出張準備等を行う。6時半帰宅。
昨日はスロウ第29号の発売日でした。以前からの読者の方であれば、手にしたときの感触に違いに気づかれるかもしれません。東日本大震災の関係で、以前の用紙が入手できなくなり、前号(28号)も最新号も紙の種類が異なっているのです。今回の紙はちょっと白くて硬いなぁ・・・というのが僕の印象。そして、若干重くなっています。もしかしたら、こちらのほうがいいと思われる方もいらっしゃるでしょう。写真の色はやや鮮やかに再現されています。 数日前、質感・素材感について書きましたが、素材が違うとずいぶん異なった印象になるものです。編集者・フォトグラファー・デザイナーらのスピリットは変わらないのだが、読者の方々に届くメッセージが微妙に違ってくるような気がします。僕個人としては元の紙が生産再開されるのを願っていますが、こればかりはどうなるのか何ともいえません。 スロウ29号の読みどころを紹介しましょう。といっても、僕の担当した2つの記事を紹介するだけです。読み応えのある特集ページは僕もまだ読んでいません。出張中にじっくり読もうと思います。 まず、29号ですから、記事の1本は「ニク」でいこうと最初から決めていました。28号ではジンギスカンを取材しましたので、当然ながらザンギの記事となりました。父親的なジンギスカンに対して、ザンギは母親的なイメージです。両者は北海道のソウルフードとして外すことのできない存在。にもかかわらず、中食の普及によってザンギが微妙な立ち位置になっているように感じているのは僕だけでしょうか? 家庭で作る料理ではなく、スーパーで買う人が増えている。しかも、多くのスーパーではザンギを「唐揚げ」と称して販売されているのです。 そうした問題意識から始まったザンギの取材。難儀しました。釧路へは3回、札幌へ1回足を運びました。記事には登場しませんが、函館にも行ってみました。フットワークは軽かったと思いますが、取材と称してザンギを食べ続けた結果、体は重くなったような気がします。ともかく、くしろザンギ推進協議会、北海道ザンギ連盟、取材協力いただいた店舗の皆さま、ありがとうございました。 僕の担当したもうひとつの記事は「北海道 来るべき未来を見つめて」という連載です。今回はクリエイティブオフィスキューの鈴井亜由美さんを取材させていただきました。来年1月公開される映画「しあわせのパン」(原田知世・大泉洋主演)の背景にある思いについて語っていただいています。 「しあわせのパン」はありがたいことに、スロウからインスピレーションを得て企画された映画とのことです。しかも、映画の中に登場する食べ物や家具、食器、小物等はスロウの中で登場してきた品々。その意味でも、スロウ読者の皆さまには特に見ていただきたい映画です。映画を見ながら、「あっ、あれは◎◎さんの器だ!」といった、マニアックな楽しみ方もできるでしょう。僕も編集スタッフと一緒に試写会へ行ってみようと思います。 早くもスロウ30号の取材も入り始めました。そして、我が社はこれから年賀状印刷シーズンに入っていきます。今年こそ、年賀状を早めに準備して、余裕を持って年の瀬を迎えたいと思っているところです。 ![]() ▲
by sogopt
| 2011-10-26 05:42
| 我が社
朝6時50分出社。7時から第3期次世代幹部養成塾第1講。「情報を読み解く力」というテーマ。今期もいよいよ始まった。
外は晴れていた。このため、朝礼後、急遽幕別方面の撮影が入った。完全な晴天ではなかったが、たっぷり撮った。思ったより収穫があった。昼過ぎ帰社。午後も急に取材予定が入った。帯広市上清川に向かう。市内といってもけっこう距離がある。3時から撮影。5時半終了。6時20分帰社。6時55分にはS社へ。7時から帯広経営研究会理事会。8時45分終了。9時15分帰社。それから社内報のための原稿作成。昼間、合間を縫って30分間で短めの原稿を1本仕上げ、夜は1時間半かかって長めの原稿を1本。これで今月分は入稿できる。もうすぐ帰宅します。 次世代幹部養成塾は3年目を迎え、僕は若干の違和感を感じていました。 吊り輪かな・・・。昨日、テキストを作りながら、取材の際に目撃したある情景が脳裏に浮かび上がってきたのです。部屋に吊り輪がぶら下げてあって、子供が体操選手さながら吊り輪で体を回転させている。「すごい家庭だ」と驚きました。家の中には吊り輪だけではなく、4メートルくらいのハシゴとか、鉄柱もあって、そこを小学校入学前の子供がスイスイと上り下りしている。唐突な言い方ですが、このような環境が我が社には必要なのではないか。そう思ったのです。 こうした環境を我が社に当てはめるとどんなことになるのだろう? 自然に体が鍛えられる、冒険心が養われるような社内環境。最終的に得た結論は「ゲスト講師制度」でした。ゲスト講師のゲストとは受講生自身のことです。受講生が自分でレポートをまとめ、講師を務める。そんな勉強会にしていこうと思いました。体が鍛えられるかは疑問ですが、頭は鍛えられるに違いありません。 これで、僕の中にあった違和感が一部解消されるのではないかと思います。自分で自分を育てる。この仕組みを作っていかなければなりません。 自分で自分を育てるためには、「研究者になること」が重要なのではないかと思います。勉強家では物足りない。研究家を目指さねば。勉強家では、誰か自分よりも先に進んでいる人から学ぶというイメージです。研究者の場合はまだ誰も知らないことを自分が突き止めるという立場になります。今日は二番手ビジネスが成り立ちにくい環境にあります。他社が行っていないことにチャレンジしていかなければなりません。だから、勉強よりも研究のほうだ重要なのです。 研究は一人で行うケースもありますが、せっかく社内には共通の目的を持ったさまざまな人財がいるのですから、共同で研究していくべきです。お互いの異なる強みを生かしながら研究していけば、新たな発見が得られるに違いありません。勉強家が10人集まっても新発見は得られませんが、研究者が数名集めれば偉大な発見も夢ではありません。ビジネスモデルの新発見をぜひ目指してほしいものです。 研究者の行っている手法はだいたい共通しているのではないかと思います。科学者も、心理学者も、経営者もたぶん同じことを行っているでしょう。それは情報を集める。編集する。分析する。仮説を立てる。予測する。実践する。結果を検証する。再度仮説を立てる。再度実践する・・・。そうしたPDCAを回しているはずです。PDCAを回しながら、データを積み重ねていくのです。 我が社に必要なのは勉強会ではなくて、研究会だな・・・。ちょっとわかってきました。 ![]() ▲
by sogopt
| 2011-10-25 00:13
| 我が社
2日遅れの筋肉痛か? 体の動きが非常に鈍い。昼過ぎ、ようやく活動を開始する。午後1時出社。次世代幹部養成塾のテキストを書き始める。構想はある程度まとまっていた。だが、スピードはさほど上がらない。7時頃いったん完成。インデザインに流し込み、修正、出力、製本。9時頃できあがった。ひとつ仕事をやり残してしまった。社内報の原稿。しかし、ここから2時間使ってしまうと明日に響きそうだ。この辺で帰宅します。
今日は「情報」について考えていました、印刷・出版・広告・マーケティングに関わる者としては、常に考えるべきテーマであるといえます。 テキストを作りながら思ったのは、情報の付加価値づくりって、農作物の付加価値づくりとほとんど同じだな・・・ということでした。北海道の農業では「第六次産業化」という言葉が近年よく使われます。素材を供給するだけでは付加価値が十分とはいえません。付加価値を創造することによって、元々の作物の何倍もの価値を生み出すことが可能なのです。 情報にも同じようなところがあって、素材のままでは価値が低いのです。どうやったら情報の価値を高めることができるのか? ここに知恵を絞らなければなりません。僕は情報収集力→情報編集力→情報分析力・・・といった話をすることがあります。情報収集力はこの時代、誰もが持っています。しかし、編集力・分析力は誰もが持っているとは言い難い。情報の本質を捉えている必要がありますし、何よりも自分の視点を持っていなければなりません。 「自分はこう考える」というものがなければ、情報を鵜呑みにするになるか、自分の理解を超える情報を拒絶するような生き方になってしまうでしょう。どちらも危険なパターンです。僕らは高度に情報化が進んだ世の中を生きているのですから、情報とうまく付き合っていかなければ非常に生きにくい思いをすることになります。情報を取捨選択する能力、情報を編集し、加工する能力。さらに、情報を分析し、仮説を立てる能力が必要となってきます。 特に大袈裟な話ではなく、「今ここで起こっている現象はしばらくたつと日本でも起こりうるな・・・」といった仮説です。これはちょっと真剣に考えれば、いくつも見つかるはずです。ただし、情報量が少ないとその精度は低下してしまいます。やはり、取捨選択するとはいっても、できるだけたっぷりとした情報量はあったほうがよいでしょう。 さっきメールをチェックしていたら、フリーペーパーの新たな情報が送られてきました。海外の動きは大変参考になります。「同業種で異なるエリアの事例」と「異業種で同一エリアの事例」は非常にわかりやすいので、仮説立案は比較的簡単です。しかし、もしかしたら本当に取り組むべきことは「異業種で異なるエリアの事例」を自社の戦略策定のヒントとすることかもしれません。 何日か前に、テレビで「新幹線N700系がダーウィンの進化論を応用して誕生した・・・」というのを見て、ありがちな情報の組み合わせでは現状を突破できないのではないかと思い始めています。いずれにしても、自分一人だけの考えと情報では限界がありますね。社内の衆知を集めることが重要です。 明日はいよいよ第3期次世代幹部養成塾第1講。勝負です。 ![]() ▲
by sogopt
| 2011-10-23 21:46
| 経営
午前中は部屋の片づけ等。午後3時幕別へ。1件用事を済ませてから、取材先へ。1時間半ほどの取材。ずいぶん日が短くなった。光量がギリギリだ。シャッター速度は1/15秒前後。ピントが合っているか、確認しながら撮影する。この日の発見は、絵本の世界はアヴァンギャルドだということだった。幕別町内の魚屋さんでヒラメなどを購入してから帰宅。10時頃就寝。
僕は10年ほど前までは、教育とか人材育成なんてみじんにも考えたことはなかったんです。自分をどうにか成長させることはできないものか? それだけしか考えていませんでした。自分の役職に比べて、実力があまりにも伴っていなかったからです。そのあたりは今も「?」のままではありますが、教育・人材育成を行わなければ会社の成長・発展はあり得ない。つまり、経営者の最重要項目に挙げるべき仕事といえます。 僕はどんな人にも成長意欲があると信じているのですが、同時に人は環境に流されやすいとも思っています。僕にもそういうところがるのでよくわかります。成長意欲があっても、現実に流される。自己成長のために使う時間よりも、現実の困りごとに対処するために使う時間を優先させる。これは順番としてはもっともではあるのですが、それが何度も繰り返されると「成長のチャンスを逸するパターン」ができあがってしまいます。人間、困りごとがなくなることはありませんから、現実の困りごとに対処するだけで10年、20年たってしまうかもしれません。 一歩踏み込んで、「その困りごとを放っておいたらどうなるのか?」について考えてみる必要があるかもしれません。放っておいてはいけない困りごとと、放っておいても状況は変わらない困りごと。2種類に分かれるはずです。とするならば、自己成長のための時間を確保するのはさほど困難ではありません。放っておくべきことを放っておく。自分が多忙だと思っている人は、こんな考え方を試してみるのも一案ですね。 また、強烈な困りごとは自分を大きく成長させるものですから、「ものすごく困る」という状態は人生には何度か必要でしょう。これはビッグチャンスでもあります。実際、そのときに自分が直面すると、「これはチャンスだ」などと言ってはいられませんが・・・。 強烈な成長欲求。僕は何年も前からここにこだわってきました。自己成長意欲を強く持っている人は、特に何かを教えるまでもなく成長していきます。しかし、成長意欲が不十分な人はどんなに働きかけても成長していかない。成長することを拒んでいるかのようでもある。そう思っていた時期もありました。けれども、それは僕の短慮だったのかもしれません。やはり、人は誰もが成長しようとして、実際に成長しているのではないか? こちらの期待を勝手に押しつけてはいけないな・・・とも思うようになってきました。 会社がすべきことは、成長意欲を強烈に高めるような環境づくりでしょう。そのベースとなる社風に10年かかりました。しかも、まだ道半ばです。今の中心課題は「情報・知識の共有」というところにあると僕は考えています。今のエモーショナルな社風に加えて、情報・知識量を増やしていけば、自分たちがどこへ向かっているのかがもっと見えてくるはず。 僕の持っている情報・知識量ではあまりにも不十分なんですね。情報爆発の時代ですから、みんなの持つ情報・知識を共有して、いつでも使うことのできる状態にしなければいけないのです。そのためには、個々の情報・知識を束ねる価値観とパラダイムを共有する必要があると思っています。 ここ数年の取材活動を通じて、そのための環境整備には何が必要であるのか、少しだけ明らかになってきました。 今日は次世代幹部養成塾第3期第1講のテキスト作成の日です。 ![]() ▲
by sogopt
| 2011-10-23 07:28
| 経営
いざ、早朝撮影。そう思って4時半風呂、5時過ぎには出動できる体勢を整えていたが、どうやら天気は曇りらしい。朝食後出発することにした。7時朝食、7時半今金出発。取材場所は北檜山。天気は次第に晴れてきて、目的地に到着したときはベストコンディションとなっていた。2時間弱の取材。それから日本海側を北上し、島牧で昼食。ドラゴンウォーターを訪ねてみたくなり、賀老の滝方面へ向かう。あたりはいい感じで紅葉していた。午後3時、取材活動を終え、黒松内経由で帯広に戻る。ものすごく眠くなり、途中2ヶ所で仮眠。9時半頃帰宅。
昨日の「質感・素材感」とは対極の話を書こうと思います。 一昨日の日本経済新聞一面トップに、「アマゾン、年内にも日本で電子書籍」と大きく掲載されていました。やっと来ましたか・・・という感じですが、これは非常に大きなニュースです。今朝の日経の文化面にも「アマゾンが国内参入 電子書籍、本格普及へ」という記事があり、さらに詳しく載っています。電子書籍元年といわれたのは去年のことでしたが、来年あたりから普及期に入っていくのかもしれません。 紙の本と電子書籍。今は便宜上、そのような呼び方をしていますが、もっといい呼び名が必要ではないかと思います。特に、「紙の本」というのは違和感があります。本の本道は紙の本であり、それは今後もずっと変わることはないでしょう。紙と電子、別なメディアとしてそれぞれ発展していくことになると思います。本は紙の質感を含めて、美しさを伝えるメディアとして、電子書籍は純粋に情報のみを伝えるメディアとして、それぞれ価値があるはず。どちらかが伸びれば、どちらかが廃れるというものではないでしょう。読者にとっても、印刷会社・出版社にとっても、電子書籍が普及するメリットは大きい。 僕の思うところ、電子書籍普及の鍵は端末の読みやすさですね。去年3月にキンドルを買ったときは、その読みやすさ、目にやさしい画面に驚いたものでした。質感は別として、この読みやすさは紙に印刷してあるのと同じだ。eインクのディスプレイは本当に素晴らしいと思いました。このeインクをそのままパソコンのディスプレイとして使うことができたならば・・・。そう思わずにはおられません。少なくとも僕は眼精疲労からくる肩凝り・頭痛から解放されるはず。液晶ディスプレイは画面をしばらく見続けると、目がおかしくなってきますから、読書には向いていません。よほど目が健康な人でないと辛くなってきます。 ソニーの「リーダー」とアマゾンの「キンドル」。eインクを使った、こうした端末が普及することと、電子書籍の出版点数が増えること。両方が揃えば、電子書籍普及は急速に進んでいきそうな気がします。いろんな規格が乱立して、今は読者が購入する気にはならない状況にあります。しかし、アマゾンの参入によって、急速に動き出していきそうな気配です。 たぶん、最初に普及するのはビジネス書ではかろうか? キンドルやリーダーを使って本を読みそうな人は左脳をよく使う人だと思います。しかも、移動中に使用するイメージ。通勤や出張の際に読むとしたら、やっぱりビジネス書ということになります。しかも、ビジネス書の多くは賞味期限が短いですから、書棚にずっと置いておくという気にはならない。名著といえるものは別ですが、必要な情報をインプットするだけなら電子書籍のほうが向いています。 出版される本の中身も大きく変わっていくことが予想されます。たぶん、「地方」と「中小企業」というのがキーワードになっていくのではなかろうか? 電子書籍は地方にいても容易に出版・流通できる。そして、印刷コストがかからない。となると、これまで売れそうになかったような本を出版できることになります。大袈裟にいえば、中央集権的な経済・社会・文化のあり方がこれから変わっていくきっかけとなるかもしれません。 「電子書籍を出すと紙の本が売れなくなる・・・」などというのは余計な心配ではないかと思います。むしろ、電子書籍によって、これまで本を読まなかった人(または、読む時間のなかった人)を新規開拓できるでしょう。紙媒体と電子媒体の相乗効果によって、どちらも伸びていく可能性があります。我が社も、電子書籍への取り組みをもっと本格化させる必要がありそうです。 ![]() ▲
by sogopt
| 2011-10-22 13:47
| マーケティング
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