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高原淳プロフィール
高原 淳 1961年北海道帯広生まれ 大阪芸術大学写真学科卒 雑誌・広告を中心にフォトグラファーとして活動 2000年帯広にUターン 2001年、ソーゴー印刷(株)代表取締役就任 2004年、雑誌「northern style スロウ」創刊を機に写真活動を再開 主な写真展 1985年「COMME JE SUIS」(6人展、Gallery・DOT) 1988年「再生」以来、Gallery・DOT(京都)にて定期的に個展開催 ・2005年10月「記憶の中の風景」(Gallery・DOT) ・2006年3月「記憶の中の風景」(弘文堂画廊) ・2007年11月「記憶の中の風景」(Gallery・DOT) ・2009年8月「スロウ20号記念展」(ファインアート器野) ◎月刊しゅん http://shun.tv ◎マイステージ北海道 http://www.my-stage.net/hokkaido ◎northern style スロウ http://www.n-slow.com ◎クナマガ日記 http://www.n-slow.com/blog/index.php ◎ソーゴー印刷 http://www.sogo-printing.com 最新のコメント
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朝礼の場でS氏(弟)が姉の出産を報告。多くの人は前日のうちに知っていたようだが、拍手が湧いた。感慨深かった。何としても子連れ出勤可能な体制を作らねばと思った。午前中は急ぎの写真セレクト作業2件。それから原稿執筆にとりかかる。スピードはちょっと遅い。午後1時クナウマガジンのミーティング。途中で来客応対。再び原稿執筆。5時半コア・コンピタンス委員会。6時半終了。夜を徹して原稿を書こうか、体力を温存し水曜日に賭けるか? 後者を選択。帰宅。8時半就寝。
日本の高齢化はすごい勢いで進んでいます。生産年齢人口が減り、高齢世代人口が増えているということ。1960年には65歳以上の高齢者を支える生産年齢(15~64歳)の人たちは11.2人。これが2010年に2.8人となりました。さらに2025年には2.0人となり、2055年ともなると1.3人になると予測されています。 この数字をどう見るか? 急ピッチで日本人の仕事に対する考え方が変わり、企業の職場環境が変わっていくことは疑いないでしょう。僕はかなりいい方向、健全な方向へと変わっていくのではないかと思っています。 もしかしたら僕の認識は正確ではない点や異論もあろうかと思いますが、今思っていることを書くことにします。 僕らの今の仕事に対する価値観のベースとなっているものは、おそらく高度成長期にできたはずです。旦那さんは会社勤め、奥さんは専業主婦という働き方を標準とする価値観。今はそれがだいぶ崩れてきて、共稼ぎでなければ家計を支えられないという時代になってきています。夫・正社員、妻・パートという形が2012年現在の標準といえるかもしれません。 これは経済的理由と女性の意識の変化という両面からそのようになってきていると思います。 しかし、長い歴史で見ると、高度成長期が特殊な状況だったのだと考えるべきではないでしょうか? 高度成長期というのは人口が急速に増えた時期。市場が急拡大し、ものを作れば売れた時代でもありました。所得もどんどん増えいていった時代。これがいつまでも続くはずはなく、今は不況というより「普況」であるともいわれています。好不況の波はあるとしても、再び高度成長期がやってくるとは考えにくいでしょう。 今後も一部の家庭では夫婦のどちらか一方が働き、どちらかが家事に専念するという形をとるでしょう。「専業主婦」というより、「家事担当者」(homemaker)という生き方ですね。 だが、大勢としては、会社員であれば男女とも正社員という形態になっていくと思います。今は非正規雇用が極端に増えてしまっている時代ですが、これは過渡期にあると考えるべきではなかろうか? 長期的に見ると、労働人口はどんどん減っているわけですから、求職難から求人難へと変化していくことでしょう。 男女とも正社員。男女とも責任のある仕事を行い、男女ともライフワークを持つ。仕事を労働とか苦役と考えるのではなく、自己成長・自己実現の場であると考えることができるようになる。そんな時代に変わっていくに違いないと僕は考えています。 したがって、これから重要なのは、「一人ひとりの意識改革」と「企業の職場環境の整備」ということになります。意識改革のほうは少しずつ進んでいるように感じられます。北海道はまだ遅れていますが・・・。問題は職場環境整備のほう。これをきちんと行った企業がこれから成長・発展していくのではないかと思います。道内にも先進事例があって、実際に取材した中では小樽のI社と砂川のL社。ここは参考になるなぁ。中小企業でもやろうと思えばできる。我が社も見習わなければなりません。 僕らは高度成長期の呪縛から自由になる必要があります。男が夜遅くまで残業し、女は家庭を守る・・・みたいな考え方。女性も男性も「一生の仕事」を持ちながら、それぞれ家庭を大事にするような生き方。それが実現できる時代になってきていますし、それを行わなければ、生産年齢1.3人で高齢者1人を支える時代には対応することができないはず。 自分の両親を自分の人生モデルだと頑なに信じ込むと、これから不都合なことがいっぱい出てくるに違いありません。かつては古き良き時代もあった。これからは自らの手で「新しき良き時代」をつくるのだという気概を持つことが重要です。女性の時代といわれるようになってずいぶんたちますが、たぶんこれから本当に女性がその真価が発揮する時代となることでしょう。2030年くらいには見違えるような世界になっているような気がします。 今月下旬、そのヒントとなりそうな会社を訪問します。静岡県のL社です。非常に楽しみです。
昨日の朝は釧路の堀田技術士事務所さんが来社。朝礼見学と「煙突スピーカー」(スロウ26号掲載)の話。昼食をご一緒させていただき、さらにマネジメントの話など。去年夏、釧路の「ザンギ王決定戦」でバッタリ出会って以来の再会だった。午後はSA研修を終了したO君の個人面談。2時半にはF社のN氏が昨年夏に続いて2度目の来社。印刷業界の事例研究のために来られたのだった。2時間ほど情報交換。我が社ともう一社の事例を使って全国10ヶ所で講演を行うのだという。講演の詳細が決まったら実名で紹介させていただきたいと思います。5時から組合の野津支部長と合流、会食。8時半帰宅。10時就寝。
昨日は来社されたお客様と話をしていて、我が社が実体以上に高く評価されているのではないか・・・という気持ちになりました。 僕の言動や振る舞いが誤解・錯覚・勘違いを振りまいているのだろうか? はてさて。もちろん嘘はつかないようにしていますが、我が社の人たち、我が社の商品、我が社の存在意義、我が業界の本質等については、できるだけいい面を強調して話をするようにしています。どんな人・商品・会社・業界にも、すべて好ましい面とそうでない面とがあります。マイナスなことを話してもマイナスの気分を与えるだけ。当然ながら、好ましい面を伝え、それをどのように伸ばしていくべきかについて語ることが多くなります。たぶんどんな経営者もそういうスタンスで話をするはずです。 嘘はつかないし、誇大な表現も避けるようにしています。たぶん、我が社に来社されたお客様は我が社に対してミステリアスなものを感じるのだろうな・・・。そしてイメージがふくらんでくるのかもしれません。たとえば、入口の階段に貼ってある「ナンバーワン宣言」。従来の印刷会社の地味なイメージとは対極にある全社員の笑顔。写真の下には手書きのナンバーワン宣言が添えられています。ここで立ち止まるお客様が案外多い。さらに経営発表大会の集合写真。最前列に横たわった謎の美女を指さすお客様も多い。注意深く探すと、謎めいた掲示物をいくつか発見することができます。 それでも先代の毛筆による掲示物の謎にはかないません。12年前入社したとき「あれっ?」と思って、以来ずっと考え続け、ようやく昨年になってから謎が解明された・・・。そんな掲示物もあります。社内に謎を埋め込むことが経営者の重要な仕事のひとつであるとすれば、僕の仕事はまだまだ不十分です。社内には謎を、社外には錯覚を! ちょっとこのスローガンは誤解を与えてしまいそうですね。ここだけの話とさせていただきます。 人にも企業にも、保ちたい「本来のあるべき姿」と実現したい「将来の輝かしい姿」があると思います。何のために仕事をするのか、成長するのかというと、本来の姿に立ち戻りながら、長期ビジョンを実現させるためにあるはずです。現実を生きながらえるために働いていると考えている人は、エネルギーが低下し、生気を失った顔つきになっていきます。絶えず「何のために?」ということを自問しながら、あるいは確認しながら、僕らは生きていかなければなりません。そういう生き方のほうが断然楽しいはず。 企業の場合は「本来のあるべき姿」=経営理念、「将来の輝かしい姿」=長期ビジョンとして掲げています。まずは個人レベル、会社レベルでそれを定めることが重要。そして、今後必要となってくるのは我が社の考える「地域本来のあるべき姿」と「地域の輝かしい姿」。これは自治体や国も当然考えていることと思いますが、地域や国を構成している一企業、一個人もしっかり考え、しっかり定める必要があるのではないかと、最近つくづくそう思っています。 自分の住む地域はこうあるべきだ。そんなふうに自分の中で定めると、不思議なことに自分の考えというものに一貫性が生まれてくるんですね。理念・ビジョンを自社だけの範囲に留めるべきではない。今期経営計画書を策定した去年の9月頃から、そのような思いを強く持つようになりました。 一貫性を持った考え・意見というものは強いパワーを感じさせるものです。現実には自分も自社も多くの矛盾を抱えています。しかし、地域や業界、さらに国の理念・ビジョンを自分の中で制定してみる。この作業をしっかり行うと、自分や自社の考えにブレが少なくなってくることに気づくはずです。ブレが減るとエネルギーを効率よく使うことができますから、自然と成果が生み出されるようになっていくに違いありません。
朝は早起きしたものの、11時までゆったり過ごす。11時半出社。2時間ほど原稿執筆等行う。午後2時からはある勉強会に参加。11時頃帰宅。
結局のところ、人生は、チャンスを生かすか見逃すか、挑戦するかあきらめるかによって決まっていくのでしょう。昨日出会った人たちは、チャンスを生かす、挑戦するという生き方を選択しようとしている人ばかりでした。そういう環境の中に身を置くと、自分もチャンスを生かす、挑戦する生き方になっていくものです。人はいつも前向きであり続けるとは限らない。消極的な気持ちが暗雲のように覆ってしまうこともある。そういう場合は、できる限り前向きで積極的な人たちが集まる場に自分を置くことが重要ですね。 僕は10年前、ある出来事があってから、「チャンスを生かそう」という気持ちになったんです。自分に対して声がかかった場合、「やりたい」気持ちがあって、他のやりたいことと重なっていなければ、100%受けるようにしよう。そのように意思決定するようにしました。僕を含む大勢に声がかかった場合も同様。できる限り、名乗り上げるようにしよう。そんなふうに、積極的人生態度に方向転換するようになりました。以前は相当消極的だったので、今は人並みレベルなのかもしれませんが・・・。 チャンスを逃し続ける、あるいは声がかかっても挑戦をあきらめ続ける・・・。そういう道ばかり選んでしまうと、どういうことが起こるか? それはチャンスがやって来にくくなる、声がかかりにくくなるということですね。 たとえば、誰かに仕事を頼もうとして断られたとします。そのとき、引き受けたくないという気持ちが相手から伝わってきたならば、二度とその相手に仕事を頼みたいとは思わないことでしょう。まわりに人がみんな同じ気持ちを味わったら、その人は「声がかからない人生」を歩むことになってしまいます。 そういう極端な人は社内にはいないと思いますが、自分の中にはどこかしら「消極的な自分」というものが存在している場合が多いものです。やりたい気持ちはあるけれど、躊躇してしまう自分。ここを突破できる人とできない人がいるのはどうしてなのか? 何が違うのかについてときどき考えます。 いろんな要素が考えられますが、重要なもののひとつとして「経験」というものが挙げられるでしょう。子供の頃から挑戦し続けてきた人は、当然のように大人になっても挑戦し続ける。何度か挑戦し失敗したことにより「あきらめる生き方」に慣れてしまった人は、大人になっても挑戦することを避け続けるようになります。大人になってから軌道修正するためには、相応のトレーニングが必要となるものです。 僕の考える一番確実な方法としては、「挑戦するのが当たり前」という人たちの集まりに身を置くことです。自分の会社がそのような職場環境になっているというのが一番望ましい。もちろん、その状態を目指して社風を少しずつ改善しています。だが、それには年数がかかる。世の中広く見渡しても、そうした理想の社風を実現させている会社はそれほど多いとは思いません。また、会社の場合は日常業務の中で「挑戦すべきではないこと」もいっぱいありますから、気持ちは積極的であっても積極的に見えにくくなることがあるものです。 ではどのような集まりに身を置くのかというと、前向きな勉強会、自己研鑽の集まりということになります。異業種の集まりでいえば、道内にもいくつかあります。同業種でも東京へ行けば参加可能。もちろん、会は厳選する必要がありますが。 いずれにせよ、現実から少し離れたところで自分を磨く時間が必要だと思います。現実から離れすぎると別な問題が生じますが、社外に自分の勉強の場を設けることは人生を豊かにするために欠かせないことでしょう。30歳前後というタイミングがひとつの目安かもしれません。
午前9時半、中小企業家同友会とかち支部事務所へ。打ち合わせ。10時半帰社。スロウの記事を書くための準備。6ページのレイアウト作業。僕の場合、やはり先割(先にレイアウトを作ってから原稿を書くこと)のほうがやりやすい。作業を行ってみると、足りない写真があることが判明。11時50分帰宅。10分で撮影。ついでに昼食。午後1時帰社。デジカメの便利さを実感。フィルム時代だったらこうはいかない。2時にはレイアウト完了。いよいよ原稿執筆だ。ICレコーダーを聞き直す。雰囲気は盛り上がってきた。集中力が高まってきたところで、一気に書き始める。ほぼノンストップで全体の70%まで書き進める。いい調子。が、土曜日なので無理をしてはいけない。6時帰宅。9時半就寝。
昨日考えていたのは「危機感が人を成長させる」ということについてでした。今書いている原稿も、危機を突破するために新商品を開発した会社の話です。個人も、企業も、国家も、そして人類全体も、危機を突破することによって成長・発展してきました。したがって、危機感を持つことが大事。危機感を感じ取る感性が衰えるということは、衰退に向かうことに他なりません。そうやって実際に滅びてしまった人、企業、国がこれまで無数にあったわけです。僕らは歴史から学ばねばなりません。自ら積極的に危機感を持つことに対して前向きになる必要がありますね。 危機は自分を変える絶好のチャンスなのだ。そう捉えることのできる人をどれだけ増やしていくか? これも人材育成の重要なポイントのひとつでしょう。未熟な人、依存タイプの人は、危機というものを「避けるべきもの」「できれば気づかないフリをしたいもの」と捉えています。これはTA心理学でいえば、ディスカウントの一種。現在の状況をディスカウントしていることになります。 人生には自分を変える絶好のチャンスが何度かあるものです。それは危機的状況という現象でやってくることが多い。平凡な日々の中で自分を変えていくことのできる人はたぶん少ないはずです。スリリングな毎日の中で変化を起こしていくことが重要なのではないかと思います。 21世紀に入ってから印刷業界は非常にスリリングな状況にあります。もっとも、印刷だけではなく、非常に多くの業界、そして世界全体がスリリングな感じになっています。これは「自分を変えよ」「価値観を変えよ」という天からのメッセージなのだろうな・・・。生き方を根本的に変えていかなければ、たぶん個人も、企業も、国家も、世界もよくなっていくことはない。 ここでひとつ、考えるべき問題が出てきます。今の日本には危機に対する耐性ができていない人が増えているという問題。教育問題、過保護、加工食品、物質的に豊かになりすぎた・・・等、いろんな原因があると思いますが、打たれ弱い人が増えていることは紛れもない事実。危機感を共有するにも気をつけなければならない時代になっているのです。 曲がりなりにも、戦後、平和と思える期間が長く続いてきたためかもしれません。本当はその間に、ジワジワと戦争とは別な形で危機的状況が迫ってきているのですが、そのことに気づかずに今日に至ってしまっています。そしていろんな人が指摘している通り、これからの10年間で世界は劇的に変わっていく。 10年後のまったく異なる世界の中で自分はどのように生きているのか? 今はここを懸命にイメージしなければならない時期にあると僕は思います。企業は当然それを行っているし、それは一人ひとりの人生にも大きな影響を及ぼしますから、自分自身の将来像についてももっとイメージすべきでしょう。 目先の損得にしばられる生き方から、「危機感を感じ取り、将来のあるべき姿をイメージし、そのための行動を起こすことのできる生き方」へ。社内でもっと強力にこのメッセージを発していきたいのですが、まだまだ十分にはできていません。やはり、生きた事例から情報を得ることのほうがインパクトが大きい。 我が社より、一歩先を進んでいる会社を実際に見学させていただくのがもっとも有効な方策なのかもしれません。
朝はいつも通り、事務的な仕事からスタートする。それから、猛スピードで新雑誌「てくて」のためのラフレイアウト。10時半ギリギリ完成・・・と思ったら、僕はミーティングの時刻を勘違いしていたようだ。勘違いは力。改めてそう実感した。勘違いしていなかったら、この3倍くらいの時間がかかったことだろう。11時からは別件のミーティング。12時少し前、北海道ホテルへ。共栄会幹事会。午後1時半帰社。2時から「てくて」の編集会議。みんな冴えている。いい本になりそうな手応え。3時からは釧路のSさんとスカイプを使ったミーティング。便利だ。顔が見えるというだけで、電話とさほど変わりはないのだが、face to faceに近いというだけで話はスムースに進む。6時帰宅。9時就寝。
人材育成とは何なのだろう? そう考えることがよくあります。会社によっては、仕事の技術を徹底して教えているところもありますし、躾という点で徹底しているところもあります。我が社の場合は技術は各部署での指導・教育に任せています。躾という点ではそれほど徹底してはおらず、基本は押さえつつもできるだけのびのび育ってほしいというのが僕の気持ちです。再考せねばならない点もありますが。 突き詰めて「人材育成とは何か?」を考えていくと、「自分の頭でしっかり考えることのできる人間になってもらう」ということになるのではなかろうか? キーワードは「自分の頭」「しっかり」「考える」の3つです。 うっかりすると、人は自分の頭で考えようとしないのですね。もっとも大切な「自分の人生」というテーマですら、他人、とりわけ親や配偶者の思惑によって左右されることが多い。自分の本心で決めなければ意味がないのに、「家族が・・・」というセリフを僕は何度も聞いてきました。このセリフを聞かなくてすむようにすることが人材育成の目標のひとつ。 誰かに自分の人生を決めてもらうという、楽な生き方に身を委ねてしまう自分。断固拒否しなければなりません。これは「誰かにために・・・」という純粋な心からではなく、責任逃れから出てくる言葉なのです。他人が決めたものに対して、自分が責任をとることはできません。 次の「しっかり」というのも重要です。僕自身、振り返ってみると、しっかり決めてこなかったばかりに数々の失敗を繰り返してしまいました。特に30代の失敗は大きかったですね。しっかり考えて決断する。できれば20代からその能力・・・というか気構えを持つべきでしょう。 考えてみると、僕の考える人材育成とは「自分が過去に失敗した事柄を冷静に評価・分析し、それを理論化する。そして同じような失敗をできるだけ避けてもらう」というのが目的のひとつのようです。 どんな人でも失敗は必ずやってきます。けれども、同じ失敗をするのであれば、僕の経験した失敗よりも「もう少し高度な失敗」を経験してほしいと僕は願っています。基礎的な知識がないと、非常に低レベルな失敗を何度も繰り返してしまいます。僕の経験したあまりにも低レベルな失敗は、たぶん我が社の人たちは犯さないだろうと思います。新入社員教育のところで繰り返し伝えるようにしていますから。 最低レベルは大丈夫。だが、一段上の低レベルの失敗も避けてほしい。これが朝礼で伝える事柄であったり、ときどき開催される勉強会の中身であったりします。そして、低レベルの上、または中レベルの下にあたるものとして、次世代幹部養成塾で学ぶ事柄があります。テキストではできるだけ理論化を試みていますが、僕自身の失敗学がベースとなって作られています。これは、自分の頭でしっかり考えて、ちゃんとした失敗をしてほしいからに他なりません。 ちゃんとした失敗は、失敗ではなく成功に至る重要なプロセス。低レベルな失敗は時間を浪費し、人を疲弊させます。その意味で、人材育成は「有意義な時間を生み出すもの」であるともいえましょう。 20代のうちにこの点に気づいた人は、もっとも重要な30代の生き方が変わってきます。35歳の壁を突破できる。時間の意味に気づけば、時間の使い方は間違いなく変わるはず。僕は理論面を伝えることはできますが、まだまだ時間の使い方が上手とはいえません。本当にすごい人をモデリングすることが一番の勉強になりますね。そういうモデルは実は案外身近なところにいたりするものです。このあたりをもっと伝えねばなりません。 次世代幹部養成塾第7講のテキストを作る時期がやってきました。
午前8時2分発スーパーとかちに乗って帯広へ。11時頃帰社。次の原稿に取りかかるというところには至らず、写真セレクト、ラフ作成等を行う。午後2時半、遠く興部からお客様。かみでファームの上出さんだった。ハマナスの塩漬けなどを見せていただく。午後7時帰宅。掃除→食事→料理。不思議な順番だが、そうせざるを得ない事情があった。10時就寝。
上出さんもそうですが、道内の各地域で素晴らしい活動を行っている人がたくさんいます。僕が素晴らしいなと思うのは、その活動がもはや損得を超えたものとなっているからです。 最初は「趣味が高じて」とか「人に頼まれて」とか「経済効果を期待して」といったところから始まるのでしょうが、あるところでスイッチが入るんですね、きっと。自分の損得というところをはるかに超越した活動となるのです。だから応援者も現れるし、人に知られるようになっていく。地域ぐるみの活動になっていって、実際にその地域の魅力が高まっていくことになるのです。 会社の中でも同じような現象が起こります。損得を超えた活動、仕事の仕方を行っている人のところには素晴らしい応援者、協力者が現れるのです。自分のためだけに仕事をしている人のところには現れません。現れたとしても、やはり損得だけのつながりでしかありません。人生において、両者の違いは非常に大きい。損得だけでつながっている関係になるのか、損得を超越し全体最適によってつながっている関係となるのか? 後者の生き方をしたほうが、より豊かな人生となることは疑いないでしょう。 僕はまず、会社という単位で全体最適について考えることのできる人財を増やしていきたいと思っています。いきなり「日本」とか「地球」というスケールにはならないだろうし、「部署」とか「自分の家族」といったスケールでは小さすぎるんですね。家族を大切にしつつも、会社においては「会社の全体最適」を追い求めることが重要なのだと思います。 したがって、自分損得、部署の損得を超越して物事を考え、行動していく必要があります。自分または自分の部署の損得で考えている人はリーダーにはなり得ません。これは「自己犠牲的な生き方をする」という意味ではなく、「自分の利益と他人の利益とのバランスを図る」とか「自分と他人の共通利益について考える」といった意味なのです。 自分と他人の利益が対立するという考え方は20世紀の遺物というか、大いなる勘違いなんですね。自分と他人、自部署と他部署、自社と他社、自国と他国・・・。これらの共通利益を考える。あるいは不一致が多いのであれば、できるだけ調整することを考える。これが21世紀のあるべき姿だと思います。そうでなければ、人類がここまで科学文明を発展させてきたことの意味がなくなってしまいます。 急に話が大きくなってしまいました。社内における全体最適でした。社内だから「しゃあないなぁ~」といった消極的関わりではなく、自ら能動的に積極的に損得を超える働き方を行うことが重要。二宮尊徳さんも「損得を超えよ」を言っていたような気がします。 損得を超えた活動を行うと、自分にとってどのようなメリットがあるのか? 計り知れないメリットが実はあります。僕の考えるところでは3つ。 ひとつめは、「自己成長が加速する」ということ。これを体験している人は社内に何人もいることでしょう。このコツがわかると仕事が楽しくなるものです。ふたつめは「同じく損得を超えた人とつながってくる」ということ。だから、人生が豊かになるんですね。 三つ目は「ツキに恵まれるようになる」ことではないかと思います。何が幸運で何が不運なのか、明確に分類することはできませんが、長期的に見るとツキに恵まれるようになっていく。いろんな人の人生を観察していると、ほぼ間違いなくその法則が働いていると僕は思っています。別な言い方をすると「天が味方をしてくれるような生き方」(この言いまわしはH社のN社長から借用しました)をしなければいけないということです。 損得を超越した活動は経済活動と対立関係にあるわけではありません。確かにこれまでの資本主義は損得勘定によって成り立ってきた側面もありますが、そればかりではないということを日本に数多く残る長寿企業が証明してくれています。そして、21世紀の今はまさに全体最適、地球最適を考えた企業が成長・発展していく時代。我が社の目指すところは、ます北海道最適といえそうですね。
朝6時半帯広駅へ。6時48分のスーパーとかちに乗車。9時半札幌着。10時半、水土里ネットの写真コンテスト一次審査。午後はいったん宿に荷物を預け、第一合同庁舎へ。2時半、北海道開発局の意見交換会に出席。初めてお会いする方々だったが、出てくる意見や活動内容はなるほどと思わせるものばかりだった。 夕方からは懇親会。活発な意見が飛び交っていた。8時過ぎ宿にチェックイン。
意見交換会のテーマは「食と景観による地域活性化手法の検討調査」というものでした。硬い雰囲気になるのかなぁ・・・と思っていましたが、適度にやわらかく、本音に近いところでの意見が出ていたように思います。 考えていることはだいたい同じ。食、景観、文化財、宿泊施設といった地域の資源の魅力を高めつつ、地域全体の情報をいかに効果的に発信していくか。結論はぼんやりとは見えているのですが、具体的に力強く何かが進んでいるという状態にはなっていない。けれども、着実に何かが変わってきているような気もします。何がどう変わってきているんだろう? イメージの共有ができてきたというところでしょうか。 参加して驚いたのは、ほとんどみな「スロウ」のことを知っていただいていたということ。知っているだけではなく、かなりハードに読み込んでおられる方々が多かった。スロウのような媒体が必要だ・・・といった意見が出たりして、僕は何となく恐縮する思いでした。 それはさておき、本当の意味で地域が活性化するのには、僕は20年くらいかかるのではないかと思っています。変化の方向性が力強く見えてくるまでに3年。それから徐々に変化が進み、ダイナミックに変わっていくのは後半の10年。2030年頃になると、見違えるような北海道になっていくのではなかろうか? 見違える・・・とは、景観が今とは違っているという意味です。目に見えて風景が変わるのには20年はかかるだろうというのが僕の考え。たいして根拠はありませんが、戦後20年で日本の風景は劇的に変わっています。10年では短いけれど、20年は景観を変えるに十分な期間だと思っています。 そのための第一歩は「意識の変化」。こういう北海道にしよう!と思わなければ何も変わっていきません。「こうしよう」という人の数を増やしていくことがまず課題になると思います。たぶん、そのためには情報発信というものが大事であって、僕が呼ばれたのはその理由からであるはずです。 いろんな情報発信があってよいのですが、今後必要とされる情報は何かというと「理念・哲学・ビジョン」の発信ではないかと思います。ただ、これを理屈っぽくやってしまうと読む気は起りません。楽しく、やわらかく、共感が得られるような伝え方をする必要があります。そのためのひとつの方法がスロウなのかもしれませんが、もっと別な方法もあることでしょう。それにスロウ自体も、もっと変わっていかなければなりません。 経済が疲弊すると目先の行動に走りがちになるものです。ここをぐっとこらえて、10年、20年先のための活動を起すことができるかどうか? 今はその分岐点に立っているのではないかと思います。そして、ある一定数の人たちの中ではイメージの共有が進んでいます。次の課題はこれをもっとわかりやすい形で伝え、納得が得られるかどうかということ。今現在の「損か得か」ではなく、次の世代の人たちに「より素晴らしい北海道」を手渡すことができるかどうか? この点を考える人が増えていけば、コンセンサスが得られると思うのですが・・・。 考えてみると、北海道は北欧一国くらいの人口や経済規模を有しています。面積などを考慮するとデンマークに近い。したがって、北海道全体を考えこと=国全体を考える・・・ということになりますから、かなりハードルは高そうです。まず、いくつかのエリアで具体的に事例を作り出すことになるでしょう。この話がどんなふうに進んでいくのか、とても楽しみです。 20年後も現役でいられるよう、僕も健康に気を配らなきゃいけないな・・・。
本腰を入れて原稿作成。本来の自分の机で書き進める。なりふり構わず・・・に近い状態。午前中にほぼ目途がついた。お昼前に来客あり。午後には完成。インデザインに流し込む。インデザイン上でキャプションを書き加える。4時半個人面談。5時半からは某プロジェクトのミーティング。7時からCCL研修のグループミーティング。8時半終了。9時帰宅。10時半就寝。
昨日一日を通してずっと考えていたのは「人の成長」ということでした。原稿のテーマもそうでしたし、面談、ミーティング2件、すべてにおいて「人の成長」が絡んでいました。 考えてみると、あらゆる仕事は「人の成長」と関係しているといって差し支えありません。たとえひとりで完結する仕事であっても、自己成長に関連づけることができます。 仕事を「人の成長」と連動させることができるかどうか? 僕らが考えねばならないことはこの点にあるでしょう。自分が毎日行っている仕事は自己成長につながっているのかどうか。発想を逆転すれば、自己成長に結びつくような働き方をしているかどうかということですね。 リーダーと自認する人であれば、部下や後輩が成長するような仕事をさせているかどうか? 「人の成長」ということにどれだけ自分が関与しているか? 成長とはどういうことを意味するのかについて深く考えねばなりません。 よく起こりがちなのは「教えすぎる」という問題です。これはたぶん我が社にも存在するパターンではないかと思います。通常は、問題発生→困る→悩む→考える→仮説を立てる→試してみる→失敗→考える→別な方法を試す→結果が出る・・・といったプロセスを経て、人は何かを学んでいきます。人の成長に関与するとは、出しゃばらない程度にさりげなく導いたり、考えるきっかけを与えることでしょう。 「教えすぎる」タイプの上司は、部下に失敗させないよう策略を張り巡らせてしまいます。困る・悩むという重要なプロセスを十分に体験させず、答を教えてしまうんですね。これを何度か行ってしまうと何が起こるか? 当然のことながら、部下が考えなくなる。上司に答を求めるようになる。その結果、依存心が高まり、イエスマンを生み出してしまう。 人の成長においてまず目指すべき目標は、自立するというところにあります。教えすぎると自立しない。かといって、ほったらかしにするとやはり自立しない。適度な関与が重要なのだと思います。考える方向性を微調整してあげるのが上司の役割なのではなかろうか? 人はひとりで悩むと、あらぬ方向へコマを進めてしまうことがあるものです。気づくととんでもない結論を出していたりすることもある。20代の人にはそういうことがときどき起こります。けれども、経験豊かな上司であれば、物事はいろんな角度から見ることができる、いろんなレベルから論じることができるということを知っています。別なものの見方、深いレベルでの考え方があることを上司は部下に伝えなければなりません。単純に答を教えてしまったのでは、それが伝わらない。あくまでも自力で手に入れることができるよう、働きかけていかなければなりません。たとえ時間がかかったとしても。 CCL研修最終講のプレゼンでは「リフレーミング」をテーマにしようと準備しています。自分に対して、人に対して、今起こっている問題に対して、さらに世の中全般に対して、リフレーミングすることができるかどうか? これは自立した人間として問題解決能力を高めるために非常に重要なスキルとなるはずです。これを表面的な知識ではなく、深いレベルで伝えることができればプレゼンは成功といえるでしょう。考える時間はあと2週間弱。どんなものになるのか楽しみです。
午前中はレイアウト作業と来客応対。午後は原稿執筆、ミーティング、個人面談。6時過ぎ帰宅。12時就寝。
日本がデフレに陥ってからどのくらいたつのでしょう? バブル崩壊後の20年間ずっとデフレが続いている・・・と考えてよいのだろうか。これほど長期間続くのは歴史上初めてなのではないかと思います。 デフレには安定化効果と不安定化効果があるといわれます。物価の下落により、実質賃金が上がるというのが安定化効果。逆に、実質賃金が上がるため、企業収益が悪化するし、実質債務も増えるというのが不安定化効果。今の日本で起こっているのは、世界大恐慌(1929年)のときのような急激なものではないためパニック状態にはなっていません。けれども、ダラダラと長期的に続いているため、企業にとってはボディブローのように効いてきています。 近年、企業が正社員の採用に慎重・・・というよりも消極的なのは、デフレによって実質賃金が上昇しているためでしょう。結果的に失業率の上昇と非正規雇用が増える。両者の間で所得格差が生じ、バブル期から見え始めた格差がますます拡大してきています。今の時代は正社員であることだけでも、相当な幸運だと考えるべきではないでしょうか。 一般に、大企業は人件費を調節することによって利益を確保しようとします。そうでない大企業もありますが、工場を海外に移転したり、事業を縮小し利益の得られる分野に特化するということは、それに伴う人員が削減されているということでしょう。中小企業では、よほどのことがない限り、考えられない手法です。生存競争の激しい大企業と高賃金は期待できないが比較的雇用が守られている中小企業。 多くの中小企業はそれこそ必死の思いで雇用を守ろうとしています。十分な収益を上げている会社は別ですが、ほとんどの場合は雇用を守るためにいろんな苦労をしている。我が社とて同様・・・というよりも相当苦労している会社に分類できそうです。 デフレによる不安定化効果から自社を守るには、全社員の自立を促していくことが重要ではないかと思います。依存型の人が多数を占めると、組織は本来の力を発揮することができない。リーダーが依存型の人にエネルギーを使わなければならないからです。全社員が自立していれば、リーダーは外に向かってその力を発揮することができます。そういう会社を目指していかなければなりません。 現状において、ほとんどの企業は自立型と依存型の両タイプの人が混在しています。依存型の人をどれだけ自立型に変えていくか? ここが課題その一。課題その二は依存型の人をしっかりマネジメントする仕組みを作り出していくということになります。 このふたつの課題をクリアしている会社が業績を向上させている。地元企業を観察すると、そんな共通項があるように思えます。我が社の課題もこのあたりにありそうです。仕組みづくりがまだまだ不十分。昨日はそのようなことを考えさせられる日でもありました。 ![]()
朝6時起床。温泉に入ってから部屋に戻ると、同室の2人はまだ眠っていた。ロビーでブログを書く。7時40分朝食。9時帰宅。ちょっとひと休みし、12時頃出社。原稿を書き始める。原稿を書くには快適な環境だった。一進一退を繰り返しながら書き進んでいく。8時までかかって75%くらい進む。歩みはのろいがこのくらいにしておこう。外は雪が積もっていた。9時頃帰宅。
昨夜はタイミングよく、NHKスペシャル「ヒューマン なぜ人間になれたのか 第1集 旅はアフリカからはじまった」を見ることができました。人間らしさとは何か、番組を通じて明らかにされていきました。この番組は社内研修に使えそうだな・・・と直感。日頃から伝えたいと思っていることが人類史の見地から述べられていました。 人間というのは他人と協力し合うことができるから人間なのだ。ここが僕のもっともおもしろいと感じたところでした。チンパンジーもそれに近い行動をしますが、チンパンジーの場合は相手からの要求があったときに限られます。自分から相手のことを思いやって行動するということはないそうです。 なるほどなるほど。指示待ちタイプの人であるとか、相手への配慮を欠いている人というのは、人類というよりもチンパンジーに近い人といえるのかもしれないぞ・・・。2011年の漢字は「絆」でしたが、人類が人類であるのは絆を持っているからなのでした。おもしろい。しかし、それとは逆に犯罪や戦争・・・そこまでいかなくても、ちょっとした対立や配慮を欠く行動が起こってしまうのはなぜか? ここも考えていく必要がありますね。 番組の中でストロークが欠乏した状態で育った子供の1/3が命を落とす・・・という話が出てきました。「ストローク」という言葉は使われていませんでした。親との関わり・・・だったかな? 人間はつながりを感じることができないと生きていくことのできない生き物なのかもしれません。 子供は「顔」を認識しようとしているそうです。だまし絵の中に、かごに入った果物の絵なんですが、逆さにすると人間の顔になるというものがありますよね。脳波を測定すると、果物に見える絵では反応が弱いのですが、逆さにしたとたん脳が活発に反応するのだそうです。子供は、というよりも人は顔に対して強く反応する、興味を示す動物のようです。 興味深い事例として、言葉の通じないイラクの住民に接するアメリカ兵部隊の話が出てきました。言葉が通じないため、極度に緊張し、一触即発の状態となる住民。そこで、部隊を率いていた大佐は部下たちに「笑え!」という命令を出す。アメリカ兵が笑顔になると、何が起こったか? とたんに一帯が友好ムードになったそうなのです。これはすごい事例だな。そして、大いに活用すべき事例でもあります。 人間は相手の表情からいろんな情報を得ようとしています。それが行き過ぎると「相手の顔色をうかがう」というような消極的な生き方になってしまうのですが、どんな人でも相手の顔から多くの情報を得て、自分の言動・行動を決定しているに違いありません。 とするならば、自分の望んでいる結果をつくりだすためには、自分が今つくりだしている表情に気を配る必要があるといえそうですね。無表情であったり、怒気を含んだ表情であってはいけない。アメリカの大佐がとった行動のように、困難な状況であればあるほど笑顔になるべきでしょう。 人間のもっとも根幹のところは20万年前から変わっていない。他人と協力し合うこと。スムースに協力できるようにするため笑顔を見せること。非常に簡単にも思えますが、実際にはできていないことが多いようです。やっぱり、毎日の笑顔体操をしっかり行うことが大切ですね。
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